2010年06月13日

節黒城 大名行列

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節黒城は、南北朝時代の1352年新田一族の拠点として新田義宗が築城し。戦国期には長尾為景、上杉謙信に属す、上野中務大輔長安の居城


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可愛い姫役

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節黒城の名の由来は、急いで城を築いたため用材を運ぶ暇がなく、節が多くて黒い雑木を用いたところからこの名がつけられたと言われている。


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節黒城は、信濃川対岸の大井田城とともに越後南朝勢力の拠点として重要な役割を果たした。
その後、室町時代の半ば頃に、やはり新田氏の流れをくむといわれる上野氏の居城となり、長尾氏と密接な関係を持つようになった。
上野家成は弘治2年(1556)8月23日、武田信玄に通じて上杉謙信に背いた箕冠城主大熊朝秀を駒帰で撃破した。また永禄12年(1569)、越相同盟締結の交渉にあたって、上杉謙信の命で沼田城蒋として活躍した


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節黒城キャンプ場 遊歩道を散歩

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山ツツジが咲いていました

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posted by mori at 17:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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